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  • 本堂内漆喰壁工事完了

    約一ヶ月をかけての本堂内壁工事が11月2日終了しました。
    漆喰壁表面を落とし、漆喰は残したまま木枠を作りそこに合板をはり、合板の上に石膏ボードを貼り付け、表面をパテで形成し塗装をしました。今までとは違い漆喰だけで柱間を支えるのではなく、漆喰、合板、石膏ボードで壁にしたことで地震の揺れに対する強度は増したと推測されます。しかし、強度が増したことによって、他の部分に応力が生じる恐れはあります。しかし、耐震とまではいかないかもしれませんが、地震に対する対策の一つとなったことと思います。

     

    Filed under: 日々のこと — hasegawa 9:17 AM  Comments (0)

    本堂内修理進行中

    本堂内壁修理。

    石膏ボードが貼られた後、ボードに塗装を施す為の下準備中。

    パテでの成形が終われば塗装開始です。

    Filed under: 日々のこと — hasegawa 10:51 AM  Comments (0)

    本堂内漆喰壁工事進行中

    順調に本堂内壁工事が進んでいます。

    漆喰は残して柱と柱の間に枠組みをして合板を貼り付けています。

     

    少し耐震にはなっているかもしれません。

    Filed under: 日々のこと — hasegawa 11:56 AM  Comments (0)

    本堂内漆喰壁修理が始まりました。

    6月18日大阪北部地震で、本堂内漆喰壁に被害がでて約6か月経過しました。出入り業者には、緊急事態の現場を優先し当山の修理は落ち着いてからで結構と伝えていました。

    それでも業者側が気を使ってくれ、一昨日から工事が始まりました。漆喰壁を全て落とし、その後に石膏ボードを貼ります。理由は、ほんの少しでも本堂の耐震になるかもしれないと考えてのことです。これから1ヶ月かけて壁を全て石膏ボードにします。砂塵が舞って大変です。

    Filed under: 未分類 — hasegawa 12:10 PM  Comments (0)

    平成30年度秋季彼岸法要厳修

    9月24日秋季彼岸法要厳修致しました。

    当日天気予報は雨でしたが、幸い曇り空で雨は降らず、屋外での水子供養も無事終わることが

    出来ました。

    平成30年度秋季彼岸法要

    Filed under: 年中行事 — hasegawa 10:19 AM  Comments (0)

    墓じまいを考えてみた・・・

    「墓じまい」
    背景
    戦後1955〜73年の約20年にわたり高度経済成長期、若者は働き手として地方から都会へ就職していった。これが核家族の始まりである。核家族化は今までの家制度から個の時代へと形態を変化させた。その現象は墓地にも現れ1970年代以降、自身の墓を建立する人が多く都会では慢性的な墓地用地不足が続いた。昨今、団塊の世代が親を送る時代に入ると共に自身の逝き方も考える時期に入った。その団塊世代が親を送り、墓の面倒をみる。しかし、自身が逝ったあとは墓はいらないという人が多い。なぜなら、何の目的で、何の為に、どのような気持ちで墓参を行ななう意味がわからない。そこで、自身がそうであるから、子供にもこういう苦労はさせたくないと考えるのだろう。それにより、自身が墓を持たず何処かで永代供養されれば子供には迷惑をかけないで済むと考えた。ここで問題は、親世代が建立した墓の処理をどうするのか。このニーズに業者が応えるカタチのネーミングとして「墓じまい」を打ち出した。

    仏教的な考え方から観た墓じまい。
    仏教の時間論から「墓じまい」を考える。

    仏教の時間論は現在が最も重要視される。なぜなら現在の自分には色々な可能性を秘めている。それを過去から解きほぐし、現在に呼び起こすという論法である。それは、現在の在り方の中に過去も未来も含まれている。現在の自分は、遥かな過去からの総決算として今がある。現在の自分がいかにあるかによって未来は決まるということだ。
    この論法に墓じまいという行為を照らした場合。墓じまいをするということは、遥かな過去があるからこそ、今自分がこの世に存在している。先祖の一人が違うだけで今の自分は存在しないということになる。それはまさに「受け難き人身を受け」ということではないだろうか。自身が現在に存在している現れを実体化したものとして墓の存在があるのではないか。なぜなら、人は墓参をすることで心が落ち着くという現象がある。現在の自身の行いを墓参という行為によって、過去を解きほぐし、現在に呼び起こし反省し未来を考えるのではないかと考える。仏教的時間論から考えるに自身が墓を無くすということは、遥かな過去を消去してしまうことになるのではないか。なぜなら、次世代の子が、墓参をすることをなくすことで、現在を問うことが出来なくなり自身の存在の意味を考える場がなくなるのではないかと考える。ニーズから発生したブームはいつか終わりがくるだろう。ブームに惑わされることなく考える必要があると想う。

    Filed under: 日々のこと — hasegawa 6:09 AM  Comments (0)

    被災地での傾聴ボランティア

    8月30日 倉敷市真備町、総社市にある避難所へ傾聴ボランティアに行って来ました。参加傾聴僧5名。ボランティア活動をしている私の友人にアテンドをお願いし、真備町は薗小学校、薗公民館。総社市は穴栗地区避難所の二ヶ所で被災された方のお話を聴かせて頂くことができました。私は、避難所で生活されている方2名、自宅から避難所へ来られている方、避難所の受付業務支援新潟市教育委員会に勤められている女性職員、真備町に戻り災害支援で派遣された下関市職員の方のお話を聴かせて頂くことができました。話された内容は守秘義務があり記せません。被災された方、支援する自治体の皆さん、ボランティアの皆さんに苦しみがあります。「聴くことは、それだけで援助になる」「援助とは苦しみを和らげる、軽くする、なくする」今回の活動は、相手の方の主観的な想い、願い、価値観が変わることを支えることになったかもしれない。

     

    Filed under: 日々のこと — hasegawa 12:39 PM  Comments (0)

    平成30年度盂蘭盆施餓鬼法要厳修

    8月16日11時より 平成30年度当山盂蘭盆施餓鬼法要を厳修しました。  当日台風の影響で雨の予報でしたが、幸いなことに法要前後に雨は降りませんでした。今年も法要が平日開催になりましたが、檀信徒の皆様で堂内がいっぱいになりました。これで当山の盂蘭盆行事は終了しました。

     

    Filed under: 年中行事 — hasegawa 7:57 AM  Comments (0)

    今年も身延山!

    7月9日総本山久遠寺輪番奉仕団参を行いました。
    当山は、毎年輪番奉仕をさせて頂き今年で45回目です。
    今年は輪番奉仕30回の檀家さんが、輪番本部から表彰されました。
    毎年、バスを使っての日帰り団参ですが、高齢の皆さんの頑張りに
    頭が下がります。それほどまでして身延山久遠寺輪番奉仕に参加する。

    それは、宗祖日蓮大聖人を間近に感じることができるからでは無いでしょうか。

    Filed under: 年中行事 — hasegawa 2:14 PM  Comments (0)

    6月18日地震の凄さ

    6月18日に発生した地震の揺れの強さ・・・
    本堂が倒壊しなくて本当に良かったです。
    これも仏祖三宝、檀信徒の皆様の功徳のおかげです。

    これから破損した本堂内外の修繕が私に課せられた試練です。

     

    Filed under: 日々のこと — hasegawa 6:40 AM  Comments (0)